すずめ書店

本で心を豊かにしたい、どこかの町のすみにある小さな本屋さん。

絵本「あんぱんまん」は怖いけれど愛に溢れた作品です

*当サイトの記事には広告・プロモーションが含まれます

 こんにちは、すずめです。娘が最近ようやくアンパンマンを意識しはじめて、アンパンマン好きのわたしはとてもうれしいです。娘がもう少し大きくなったら必ず読んであげたいと思っているのが、アンパンマンの元となった絵本「あんぱんまん」です。

 この絵本は少し怖い雰囲気があり、アニメの朗らかなアンパンマンを知っていると驚くかもしれません。でも、実は怖いだけではなくやなせたかしさんの愛にあふれた絵本なのです。

 本記事では絵本「あんぱんまん」がどうして「怖い」と言われてしまうのか、やなせたかしさんはどんな思いをこめてあの絵本を書いたのかなどについて紹介していきます。

こんな人向けの記事

・「あんぱんまん」を読んだことがないが気になる

・読んだことはあるがアニメとのギャップでなじめなかった

 

この記事内では、アニメなどで知られる今のキャラクターは「アンパンマン」、絵本の主人公は「あんぱんまん」と表記します。

「あんぱんまん」ってどんな絵本?

あんぱんまん (やなせたかしのあんぱんまん1973)

作者・やなせたかしさんの転機となった絵本

 今でこそ「やなせたかし=絵本作家」のイメージですが、やなせたかしさんはイラストや漫画の仕事をはじめとし、詩人、コピーライター、果ては番組の司会者まで、本当にさまざまな仕事をしていた方です。また、軍人として戦争を経験した過去も持ちます。

 さまざまな才能がある方ですが、やなせたかしさん本人は、自分がどの分野でも花を咲かせられていないと感じていたようです。しかしその後、1973年にフレーベル館から「あんぱんまん」を出版し大ヒットしたことで、絵本作家として広く知られるようになりました。

 余談ですが、わたしはやなせたかしさんの著書「アンパンマンの遺書」を読んでやなせさんのことが大好きになった人間です。いずれやなせさんについて詳しく紹介する記事を書きたいな……と思っています。

発売当時は大バッシングを受けた

 「あんぱんまん」は、誰からもあまりいい顔をされずに出版された作品でした。出版社には「こんな本はこれ一冊にしてください」と言われ、幼稚園の先生からは「顔を食べさせるなんて残酷」、絵本評論家には「こんなものは図書館におくべきではない」とこき下ろされたそうです。

絵本のよさを見出したのは幼児だった

 大人が酷評するなか、絵本「あんぱんまん」を最初に認めたのは幼児たちだったといいます。やなせさんは著書の中で、「なんの先入観もなく、欲得もなく、すべての権威を否定する、純真無垢の魂をもった冷酷無比の批評家が認めた。(『アンパンマンの遺書』より)」と述べています。

 大人の評価など気にしない子どもたちが「あんぱんまん」を好んで読んだことで、絵本は徐々に広まっていきました。そしてテレビアニメ化するまでに至ったのです。

 しかし、アニメが始まった当初もテレビ局側はヒットを見込んでおらず、放送する局を絞るなど失敗する前提でいたといいます。しかしその心配とは裏腹に子どもたちの支持を集め、アニメは現在まで続くほどのヒットとなりました。

「あんぱんまん」はなぜ酷評されたのか

だれも知らないアンパンマン -やなせたかし初期作品集

結果として誰もが知るキャラクターとなったアンパンマンですが、「あんぱんまん」はなぜそこまで酷評されたのでしょうか。

アンパンマン」のような朗らかさのない暗い雰囲気が怖い

 絵本「あんぱんまん」は絵のテイストがアニメとは異なり、どこか薄暗い雰囲気をまとっています。今の朗らかなアンパンマンを想像して絵本を開いた人が「怖い!」と思ってしまうのもうなずけるほどです。

 特に夕暮れを描いた最初のシーンは陰影が強く、不安な気持ちにさせられます。加えてあんぱんまんのマントはボロボロで、退廃的な世界にいるような感覚になる方も多いかもしれません。マントがボロボロな理由については、後ほど解説していきます。

自分の顔を食べさせるという表現が残酷

 アンパンマン最大の特徴である「顔を食べさせる」描写にも批判が集まりました。アニメのアンパンマンは顔の一部を取り、パンを差し出すように食べさせてあげていますよね。でも、あんぱんまんはひざまずいて頭を差し出し、直接かじらせていました

 その食べさせ方は自分の命を差し出すようにも見え、確かに「残酷だ」という感想を抱きます。しかし、その表現にもやなせさんの思いが込められているのです。それについても後ほど解説していきます。

初期設定のあんぱんまんは顔を失っても空を飛ぶ

 アニメのアンパンマンは、顔が濡れたり汚れたりすると力が出ず、空も飛べなくなります。しかしあんぱんまんは、顔をすべて食べさせて自分の頭がなくなっても空を飛び、会話もしています。確かにそれは、当時衝撃的すぎる描写だったに違いありません。

 しかし、やなせさんにとってはこのシーンこそが「あんぱんまん」で描きたかった場面なのだといいます。どのような思いを込めているのかについて、その他の疑問とあわせて次章で解説していきます。

「あんぱんまん」を紐解く

アンパンマンの遺書 (岩波現代文庫)

 マントがボロボロなのも、自分の顔を食べさせるのも、やなせたかしさんが思う「正義」に理由があります。それについて、やなせさんの著書「アンパンマンの遺書」より言葉を引用して紐解きます。

やなせたかしにとっての正義とは?

 上でも記載したとおり、やなせたかしさんは戦争を経験されています。敗戦を迎えたのは暗号班の班長として中国にいたときでした。敗戦したとたんに昨日まで正義だったものが悪とされ、ひっくり返る正義を感じたのだそうです。

 そしてやなせさんが思ったのが、「逆転しない正義とは、献身と愛だ。(『アンパンマンの遺書』より)」ということでした。やなせさんにとってのヒーローは、自分の身を差し出して人を助ける、愛に溢れた人物なのです。

マントがボロボロなのは新しいマントが買えないから

 やなせさんは、あんぱんまんのマントをボロボロに描いた理由をこう語っています。「正義のためにたたかう人はたぶん貧しくて新しいマントは買えないと思った(『アンパンマンの遺書』より)」。

 やなせさんにとっての正義とは、自己犠牲をも厭わない愛です。そんな人間が裕福であるはずがないというやなせさんの理屈には、不思議ととても納得できます。

顔を食べさせる行為にはやなせたかしの思いが反映

 アンパンマンに親しんでいる今のわたしたちは、あまり違和感なく「顔を食べさせてあげる」という設定を受け入れています。しかし、自分の一部を相手のために差し出すというのは、よくよく考えればすごいことです。

 また、戦争による貧しさを経験したやなせさんにとって、食べ物を分け与えるということ自体が自分の身を削る行為だったのではないかと想像できます。

 やなせさんは、「傷つくことなしに正義は行なえない。(『アンパンマンの遺書』より)」と語っています。あんぱんの顔を食べさせるというのは、傷ついて他者を救うというやなせさんの「正義」を体現した行為なのだと思います。

結論:「あんぱんまん」は愛に溢れた絵本

あんぱんまんと ばいきんまん (やなせたかしのあんぱんまん1973)

 一見すると怖くも思える「あんぱんまん」ですが、そこに込められた思いは深く、愛に溢れています。「顔がなくなるのが怖い」「残酷」と感じるのはさまざまな常識を身につけた大人だけで、純粋な子どもはやなせたかしの思いを感じ取れるのかもしれません

 アンパンマンは仲間が多く、みんなに好かれているヒーローとして描かれたキャラクターです。一方であんぱんまんは、目の前にいるたった一人のために孤独に戦う戦士のように思えます。

 アニメの主題歌「アンパンマンのマーチ」の「愛と勇気だけがともだちさ」という歌詞は、やなせたかしさんによるものです。これはアンパンマンの曲ですが、どこかあんぱんまんの心を描いた歌詞のように感じられます

さいごに

 わたしが「あんぱんまん」を読んだのは大人になってからで、ある意味でショックを受けました。アニメのアンパンマンが好きで、あの世界観がわたしにとってのアンパンマンだったからです。

 だけど、やなせたかしさんの著書をいくつか読んだあとにもう一度絵本を開くと、そのよさが沁みわたるように心に入ってきました。今ではアンパンマンと同じか、それ以上にあんぱんまんのことが大好きです。

 「あんぱんまん」を読んだことがない方も、一度読んだけれどよさがわからなかったという方も、たくさんいると思います。この記事を通してやなせたかしさんの思いを知り、絵本からたくさん溢れ出ている愛を感じていただければ幸いです。