すずめ書店

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ウクライナの民話絵本「てぶくろ」を考察しました

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 こんにちは、すずめです。「てぶくろ」は海外(ウクライナ)の絵本であるにもかかわらず日本で知名度が高く、累計売り上げは333万部を突破するロングセラー作です。一方で、ありえない展開やあっさりしたラストなど、疑問の多い絵本でもあります。

 本記事では、「てぶくろ」のあらすじや内容、登場人物などの基本情報を紹介した上で、①どこが人の心を惹きつけるのか ②ラストはなぜあんな終わり方なのか ③この話で伝えたいことや教訓は何か、の3点について考察をしていきます。

 物語のネタバレを含むため、まずは自分で絵本を読んでから記事を読むことを推奨します。

こんな人向けの記事

・絵本「てぶくろ」を読んで疑問に思うことがあった

・てぶくろをもっと深く読み込みたい

 

絵本「てぶくろ」について

てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)

 考察の前に、絵本「てぶくろ」について簡単に紹介しておきます。全編のあらすじなど、ネタバレになる点も含まれますのでご注意ください

てぶくろの基本情報

出版社:福音館書店

著者:エウゲーニー・M・ラチョフ

翻訳:うちだりさこ

発売:1965年

 てぶくろの物語はウクライナに伝わる民話で、同じような展開・あらすじの絵本がいくつもあります。(桃太)がさまざまな著者によって書かれているのと同じです)今回ご紹介するのは、日本で最も親しまれている福音館書店の「てぶくろ」です。

 1965年に出版されたエウゲーニー・ラチョフによるこの絵本は、日本での累計販売数が333万部を超えており、2023年時点での絵本販売数ランキング7位となっています。(関連:【2023年】歴代絵本累計売り上げランキングTOP23&内容解説

最近になって再び注目を集めている

 てぶくろは初版の発行が1965年と、約60年前に出版された絵本です。長く読まれている絵本ですが、ここ数年はさまざまな点で話題になることが多く、再び注目を集めています。

ロシアとウクライナの件で「おおきなかぶ」と共に話題に

おおきなかぶ

 2022年に起きたロシアのウクライナ侵攻により、ウクライナの民話「てぶくろ」とロシアの民話「おおきなかぶ」が話題になりました。2国に平和が訪れるように願いを込めて、並べて展示した書店も多くあったようです。

 てぶくろもおおきなかぶも、共に他者との関係性がキーとなる物語です。このような状況で改めて読み返すと、考えさせられるものが多いように思います。

漫☆画太郎(ガタロー☆マン)の3作目の題材にもなった

てぶ~くろ (笑本おかしばなし 3)

 ウクライナ侵攻よりも少し前には、ガタロー☆マン(漫☆画太郎の絵本作家名)による絵本てぶ〜くろ」が発売されていました。てぶ〜くろを含む「笑本おかしばなし」は、誰もが知る名作を大胆な絵でおもしろおかしく展開させる人気シリーズです。

 てぶ〜くろよりも前に発売されていたのが「ももたろう」「おおきなかぶ〜」の2冊で、「てぶくろ」はその2作よりも少し知名度が低いこともあり、この本を読んだことで原作に興味を持った子どもも多かったようです。

物語のあらすじ・内容(ネタバレ注意)

てぶくろ (世界傑作絵本シリーズ)

 雪の降る森の道を歩いていたおじいさんが、手袋を片方落としてしまう。それを見つけたねずみはそこで暮らすことを決めるが、次々と動物が「自分も入れてほしい」と頼んでくるので、少しずつ詰めながら中に入れてあげる。

 大きなくまが入ってきたせいで、ついにてぶくろがはじけそうになったそのとき、持ち主のおじいさんが手袋をなくしたことに気付き探しに戻ってくる。冒頭でおじいさんのあとをつけていたこいぬが手袋に向かって吠え、中にいた動物はみんな逃げていく

登場人物(登場動物)
手袋に住もうとした動物

・ねずみ(くいしんぼねずみ)

・かえる(ぴょんぴょんがえる)

・うさぎ(はやあしうさぎ)

・きつね(おしゃれぎつね)

・おおかみ(はいいろおおかみ)

・いのしし(きばもちいのしし)

・くま(のっそりぐま)

その他の登場人物

・手袋の持ち主のおじいさん

・おじいさんのあとを追っていたこいぬ

「てぶくろ」の考察

 てぶくろは決して派手な物語ではありません。にもかかわらず、ウクライナから海を超えて日本まで届き、長きにわたって愛され続けています。そこで、てぶくろのどの部分が魅力的なのかを含め、以下の3点について考察していきます。

1.どこが人の心を惹きつけるのか

2.ラストはなぜあんな終わり方なのか

3.この話で伝えたいことや教訓は何か

1.どこが人の心を惹きつけるのか

まずは、「てぶくろ」のどこが人の心を惹きつけるのかについて考えていきます。

背景に雪を加え寒さを徹底的に描いた

 「てぶくろ」をよく読んでみると、文章では雪が降っていることやその日が寒いことなどは一切書かれていないことに気付きます。さらには冬であることすら明記されておらず、おじいさんが手袋を落とすくらいだから冬なのかな?と想像できる程度です。

 にもかかわらず、ラチョフの描く絵の背景には寒そうな雪が降りしきっています。加えて背景の色も彩度が低く、徹底的に寒さを表現しているようにすら思えます。

寒そうな背景によってもたらされる効果は?

 外が寒ければ寒いほど、対照的にてぶくろの中の暖かさが際立ちます。それは結果的に、相手を受け入れてあげる思いやりの暖かさを強調しています。この絵本はお互いを受け入れる優しさが核ですが、その重要な点を補強しているのが寒さなのです。

 それと同時に、動物がてぶくろの中に入りたがることへの説得力や、読者の心をほっとさせる効果を生んでいるようにも思えます。そう考えると、ラチョフが背景を寒そうに描いているのも自然なことのように感じられます。

動物に服を着せて擬人化した理由

 ラチョフは、登場する動物たちに服を着せ、二足歩行をさせています(擬人化)。一般的に、擬人化には感情移入しやすくする効果や、親しみを覚えやすくなる効果があると考えられています。それは、読み手であるわたしたちが人間だからです。

 もちろん登場するのが人間である方がより共感しやすくなるのですが、民話の「てぶくろ」は動物が登場するのが前提で、それを人間に変更するのは無理があります。

 そのためラチョフは擬人化された動物を登場させ、物語の大前提を守りつつも物語に入り込みやすくしたのだと考えられます。

顔や毛並みがリアルな動物なおかげで恐怖心も描かれている

 ラチョフは動物を擬人化しましたが、顔の造形や毛並みなどはとてもリアルな動物として描きました。もしも親しみやすさや感情移入のしやすさだけを重視するのであれば、ここまでリアルに描くのは逆効果のように思えます。

 にもかかわらずこんなにも動物らしさを残しているのには、別の意図があるからだと考えます。それは、他者を受け入れるときに生まれる恐怖心を描くためではないでしょうか。

 先述しましたが、この絵本では小さなねずみから大きなくままでが同じてぶくろの中に入ります。途中には牙が剥き出しのオオカミ(肉食)も登場し、読んでいる側は「いっしょに入って大丈夫なの?」とドキッとさせられますよね

 でもねずみやうさぎなどの小さな動物は、ひるむ様子もみせずにそれを受け入れます。それにより、読み手の心には「受け入れる」という行為がより印象的に残ります。これが、動物の恐ろしい見た目までもリアルに描くことによる効果ではないでしょうか。

ジェシカ・サウスウィックの「てぶくろ」と比較してみる

てぶくろ とびだすポップアップ絵本

 せっかくなので、同じ民話を題材にしつつも印象の全く違う絵本と比較してみることにしました。(ベースとなるのが同じ民話というだけで、物語の流れは異なります)

 比較対象に選んだのは、ジェシカ・サウスウィックによる「てぶくろ とびだすポップアップ絵本」です。動物たちがてぶくろに飛び込んでぬくぬくと過ごす、ラチョフの絵本よりもほのぼのとした雰囲気の作品です。

 ジェシカの「てぶくろ」は、背景に雪は降っているものの、あまり寒さを感じさせません。加えて明るくポップな色を使っています。また、動物は擬人化されておらず、かわいらしくデフォルメされたキャラクターとして登場します。

 実際に読んでみると、物語のベースは同じであるにもかかわらず、ラチョフの作品と正反対の印象を受ける絵本でした。緊張した雰囲気を感じさせず、みんなが当たり前のように共存する優しい世界が描かれているからです。

 だからこそ、ラチョフの作品からは感じられた「他者を受け入れる恐怖」や「共にてぶくろに入ったときの暖かさ」は感じられませんでした。反対に、ラチョフのてぶくろにはないコミカルさや微笑ましさに溢れています。

 もちろん、どちらが優れているという話ではなく、それぞれにそれぞれのよさがあります。ただ、深く考えさせられるという点でいうならば、ラチョフの作品の力がすごいと思います。

 比較してみたことで、寒さの表現とリアルな動物の擬人化が与える影響の大きさを改めて実感することとなりました。

2.ラストはなぜあんな終わり方なのか

ラチョフのてぶくろを読んだ人の中には、「えっ、これで終わり?」と戸惑った人も多いかもしれません。それくらい、この絵本はあっさりとラストを迎えます。なぜなのでしょうか。

夢から覚めたようにあっさり終わってしまう

 物語の終盤、どう考えても無理だろ!と突っ込みたくなるようなくまがてぶくろに入り、てぶくろが弾けてしまうのか、それともさらに大きな動物が入るのか……とドキドキしているところで、物語は不意に終わります。こいぬに吠えられ、みんな森に逃げ出すのです。実際にてぶくろは弾けていませんが、はち切れそうだったものが弾けたような終わり方です。

 ここが物語のクライマックスのようにも思えますが、逃げ出す動物たちの絵は一切描かれていません。雪の中に落ちているてぶくろだけが描かれています。ラストの絵は最初のページと全く同じで、まるで初めから何も起こっていなかったかのようです。

不思議な終わり方でわたしが感じるもの

 感じ方は人それぞれですが、わたしはこの不思議なラストによって、いつもは見えないものをうっかり覗き見してしまったような読後感を抱きます。人間が見ていないときに動くウッディやバズ(トイストーリー)を見ているのに近い感覚かもしれません。

 そして、誰も見ていないはずの物語を見てしまったからこそ、誰も見ていないところで助け合って生きている動物たちの尊さや健気さを感じられます。

てぶくろに吠えたこいぬ・二足歩行で服を着た動物たち

 この物語に出てくる登場人物は、2種類に分けられると思っています。人間とそれ以外の動物……ではなく、現実的な生き物と非現実的な生き物です。

 おじいさんの落としたてぶくろを見つけたこいぬは、動物でありながらもてぶくろには入れない、現実的な生き物だと思います。絵の中に姿が描かれていませんが、このこいぬはおそらく、服は着ていない四足歩行の一般的な犬でしょう。言われる前からそう想像していた方も多いのではないでしょうか。

 そのこいぬが、非現実な生き物である二足歩行の動物たちに近寄り、吠える。この場面の絵はないので想像しようと試みますが、なかなか難しいところです。くまも入っているてぶくろに、こいぬが吠えるとは、どういう状況なのか。なかなか絵が浮かびません。てぶくろが大きくなっているのか、それともくまが小さくなっているのか……?

 あっさりしているように思えるラストですが、実は現実と絵本の世界が混じり合う重要な場面なのだとわたしは思います。ここがあるからこそ、夢や幻のようなお話が不思議な現実味を帯びてくるのです。

 そして、そんな大事な場面だからこそ、あえて絵を描かず、想像する余地をたっぷり残しているのだと思います。

3.この話で伝えたいことや教訓は何か

最後に、てぶくろを通してどんな学びを得られるのか、教訓やねらいはなんなのかについて考察していきます。

器の大きい動物たち

 このお話では、オオカミやクマなどの一見怖そうな動物も手袋の中に入ってきます。でも小さな動物たちは、拒絶したり嫌がったりする様子を見せません。途中で困惑する場面もありますが、それはすべて「もう入れない」というサイズ的な問題ですし、「どうしてもはいってみせる」と言われれば「それじゃどうぞ」と受け入れています。

 この動物たちは互いに自己紹介をしているので、おそらく初対面のはずです。この状況を自分に置き換えてみると、この動物たちの器の大きさがよくわかります。

・雪山で見つけた小屋で温まっていたら、「入れてくれ」とノックされた。それが見知らぬ人でも、快く入れてあげられるか?

・もしそれが、怖そうな顔をした人だったら?

・受け入れすぎてぎゅうぎゅう詰めになったところに、体の大きな人が来たら?

 わたしだったら、2つめのあたりで断ってしまいそうです。でも、動物たちは嫌な顔ひとつせず、「どうぞ」と受け入れています。それも、嫌な顔をしないようにしようと努力するのではなく、心から「まあいいや」と受け入れているのです。

当たり前のように他者を受け入れるために必要なこと

 他者を受け入れることそのものは、とても大切です。でも、このお話で描かれているのは当たり前のように他者を受け入れる動物たちで、その心をみんなが持っています。そこがとても重要なのではないかと思います。

 今の世の中で、他者を何の疑いもなく、無条件に受け入れられる人はいないはずです。そんな人がいたら確実に、詐欺にあったり犯罪に巻き込まれたりしてしまうでしょう。

 彼らが当たり前のように他者を受け入れられるのは、お互いがその前提で生きているからです。てぶくろに出てくる動物のように生きるためには、自分ひとりの心を変えるだけではだめなのです。

 人間があんなふうに受け入れ合い、信頼し合えるように生きていけるのかはわかりません。でもせめて、小さなコミュニティの中でくらい、彼らのように生きられたらいいのになと思います。

そもそも絵本に教訓やねらいは必要か?

 と、ここまで個人的に感じられた「教訓」のようなものを書いてきましたが、そもそも絵本に教訓やねらいは不要だという考え方もあります。絵本は物語が楽しめれば十分、それ以上考えるとつまらなくなる、という考えで、わたしもそれには同意です。

 教材として使用するのなら、ねらいをもって教訓を読み取らせるのは当然です。むしろそうでなければ教材である意味がありません。が、子どもに絵本を読み聞かせてあげるだけであれば、読後に「受け入れるって大事だね」など教訓めいたことをいう必要はないのかなと思います。

さいごに

 てぶくろはとてもシンプルな展開の物語ですが、さまざまなことを感じ取れる深みのある絵本です。今回の記事ではあまり触れませんでしたが、細かいところまでしっかり描かれた絵も見応えがあり、子どもを物語に惹きつける力にあふれています。

 考察してすっきりした一方で、「動物たちの名前に意味はあるのか」「表紙や裏表紙の装飾の意味は?」など、新しい疑問もたくさん生まれました。また改めて考察し直したら、新しい発見があっておもしろそうだなとも思います。

 

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参考資料

ウクライナとロシアの民話「てぶくろ」「おおきなかぶ」が話題 侵攻後、内容照らし平和願う声: J-CAST ニュース【全文表示】